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史上のファイナルで両チームからそれぞれ平均30得点を記録した対決は過去2度しかない、という話題でr/nbaが盛り上がっている。ニュースというより往年ファンの語り草的な小ネタだが、当時を知る者ほど熱が入る。
話題の中心は2001年のNBAファイナル。フィラデルフィア・セブンティシクサーズ(76ers、当時は東地区の強豪)のエースガード、アレン・アイバーソン(身長183cmと小柄ながら圧倒的なクロスオーバーと得点力でNBA殿堂入りしたレジェンド)と、ロサンゼルス・レイカーズの絶対的センター、シャキール・オニール(216cmの当時全盛期ビッグマン)が、それぞれ平均30得点以上をマークしたシリーズだったという指摘だ。
反応が特に盛り上がったのはペースの話。当時はNBA史上でも屈指の攻守の切り替えが遅い時代だったにもかかわらず、アイバーソンは1試合平均32本のシュートと10本のフリースローを打っていた——つまりチームの得点をほぼ1人で背負っていたということだ。フィールドゴール成功率は40%、3ポイントは28%とお世辞にも高くはないが、それでもチームメイトのディケンベ・ムトンボ(213cmの長身センター、この年に最優秀守備選手賞=DPOYを受賞した守備の要)を除けば誰よりも高い成功率だったという声が複数あった。つまり周りにまともに得点できる選手がほとんどいなかった、という当時のチーム事情を物語っている。
シリーズ全体もロースコアの接戦で、10試合中最高得点は108点にとどまり、100点を超えたのは4試合だけ、90点未満に終わった試合も2つあったという。現代のNBAは3ポイントシュートを絡めたパスワークが主流だが、当時はエース1人にアイソレーション(1対1の単独攻撃)で何十本も打たせるスタイルが当たり前で、今それをやれば1試合40本打つことになる、という指摘も出ていた。
巷の声
- 「当時は史上屈指の遅いペースの時代だったと思うと、あの数字はさらに凄みが増す」
- 「AIは1試合32本もシュート打って、フリースローも10本。ペースが遅くても関係なく打ちまくってた」
- 「小柄なシューティングガードなのに、チームの誰よりも高い確率で決めてた。オフェンスを1人で背負わされてた証拠」
- 「あの成功率でもチームメイトの中で上から2番目。当時の76ersにいかに得点源がいなかったかがわかる」
- 「ムトンボはその年DPOYを取ってる。しかも34歳で。あの守備は伊達じゃない」
用語・人名メモ
- アレン・アイバーソン — 身長183cmと小柄ながら圧倒的なクロスオーバーと得点力でNBA殿堂入りしたレジェンドガード
- シャキール・オニール — 216cmの絶対的センター、当時全盛期だったレイカーズを支えた歴代屈指のビッグマン
- ディケンベ・ムトンボ — 213cmの長身センター、ブロックを武器にした守備の名手で2001年にDPOYを受賞
- DPOY — 最優秀守備選手賞。その年最も守備に貢献した選手1人に贈られる
- アーロン・マッキー — 当時76ersのシューティングガード。今回の議論で成功率の低さを引き合いに出された選手
- ペース — 1試合あたりのチームの攻撃回数。ペースが速いほど得点機会が増える
現代バスケの文脈で見ると異質な数字だからこそ、当時を知るファンの間でこの手の懐古話は今後も繰り返し掘り起こされそうだ。
巷の声は r/nba のスレからの意訳。出典: 元スレ (reddit)