セルティックスのラリー・バードが1992年8月18日、35歳で現役引退を発表した。慢性的な背中の故障で、プレーを続けられなくなったという。Yahoo Sportsが転載したMen's Journalの回顧記事が伝えた。
記事によると、バードはセルティックスで13シーズンを過ごし、通算で平均24.3得点、10.0リバウンド、6.3アシストを記録した (StatMuse調べ)。NBA優勝3回、シーズンMVP3回、ファイナルMVP2回、オールスター選出12回、オールNBAファースト・チーム選出9回という実績を残し、記事は歴代でも指折りの選手の一人と広く見なされていると伝えている。
引退の数週間前には、1992年のバルセロナ五輪に出場した。初代のドリームチームの一員としてマジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダン、チャールズ・バークレーらと金メダルを獲得した。引退会見はボストンで開かれ、History.comによると、バードは「ここ数年は、自分の背中にも体にも、とても厳しいものだった。毎日それに向き合うのは本当に大変だった」と語った。
当時のNBAコミッショナーだったデビッド・スターンは声明を出し、「端的に言って、ラリー・バードは、ある世代のバスケットボールファンがNBAをどう見て、どう味わうかを形づくる助けになった。今後、偉大な選手は彼が打ち立てた基準で測られるが、ラリー・バードのような選手は二度と現れない」とたたえた。バードは引退後もセルティックスに残り、1997年まで特別アシスタントを務めた。その後ペイサーズのHC (ヘッドコーチ) となり、1998年にはチーム史上最高の58勝24敗 (82試合中58勝) を記録して最優秀コーチ賞を受賞した。同じ1998年にバスケットボール殿堂入りも果たしている。
バードは引退会見で、ここ数年の痛みが背中と体に大きな負担だったと語った。
用語・人名メモ
- ドリームチーム — 1992年のバルセロナ五輪に出場したアメリカ代表の呼び名で、記事はバードら出場選手を「初代」のドリームチームとして紹介している。
- オールNBAファースト・チーム — シーズンの活躍が特に優れた選手で構成される、NBAの年間ベスト・チームのうち最上位のチーム。
- セルティックス — 米マサチューセッツ州のボストンを本拠地とするNBAチームで、バードが13シーズンを過ごした。
- ペイサーズ — 米インディアナ州のインディアナポリスを本拠地とするNBAチームで、バードが引退後にHCを務めた。
出典: Yahoo Sports