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ウィザーズのフォワード、AJ・ディバンツァの少年時代の逸話が、父エースのインタビューをきっかけに現地で改めて話題になっている。祭りというより、親子の教育論をめぐる静かな議論だ。
父のエース・ディバンツァによると、AJが授業でC-を取った時、父はAAUチーム(アマチュアの育成クラブチーム)のコーチに電話し、次の試合には出さないと伝えた。それでも親子は、マサチューセッツ州ブロックトンからフィラデルフィア近郊の大会会場まで6時間かけて車で向かった。AJはチームメートとウォームアップをしたが、試合が始まるとベンチに座ったまま。帰りの6時間、後部座席で泣いていたという。父は「分かったか」と問いかけたと振り返っている。
父は罰として、息子が一番好きなバスケットボールとスマートフォンを取り上げたと語る。自分はコンゴ出身で、子どもを叩くことが問題視されなかった環境で育ったが、アメリカでは同じことはできないため、この方法を選んだという。ほかにもAJと姉妹を早朝から練習させ、サボりを防ぐためキッチンにカメラを設置していた。AJ本人は、12〜13歳の頃に父がドアを叩いて起こしに来たと語り、ルーティンができてからは努力こそが必要なものだと分かってきたと話している。
スレでは、この教育法を支持する声が目立った。AJがNBA入り後も大学の授業を続けているという指摘もあり、父が学業を重視してきた姿勢と重ねて語られている。
巷の声
- 「リーグに届かなかった子どもも何千人もいる。親が自分の夢を子に託しているだけのケースもあるのでは、という指摘」
- 「要点は「勉強をおろそかにするならバスケもない」ということ。父はバスケを取り上げる罰として使っただけだ、という声」
- 「親が子を通して夢を生きる例はあるが、今回は違う。コンゴ出身の父が努力は報われるという価値観を教えたかったのだろう、という見方」
- 「自分の父も同じだった。小6か7年生の頃、成績Cで試合を欠場させられた。学校は出場可と言ったが父が許さなかった。スポーツが人生の全てではないと学べた、という体験談」
- 「うちの親もこうしてくれたらよかった。NBAに行けなくても労働倫理と基礎体力は一生残る、という声」
ベンチで泣いた6時間の帰り道が、いまは本人も語る努力の原点になっている、というのがこの逸話の落としどころだ。
用語・人名メモ
- AAU — アメリカのアマチュア競技団体。ここでは、有望な若手が所属してトーナメントを回るクラブチームの意味で使われる
- ブロックトン — マサチューセッツ州にある都市。ディバンツァ親子が暮らしていた街として材料に出てくる
- ウィザーズ — ワシントンを本拠地とするチーム。ディバンツァが所属し、HCはブライアン・キーフ
巷の声は r/nba のスレからの意訳。出典: 元スレ (reddit)