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1962年のセルティックス優勝 準決勝とファイナルの第7戦を制す

Yahoo Sports

Yahoo Sports が掲載した回顧記事が、セルティックスが 1962 年に 2 つのシリーズで第 7 戦までもつれながら優勝した経緯を振り返った。準決勝ではウォリアーズを、ファイナルではレイカーズを、いずれも第 7 戦で下している。

1961-62 シーズンは日程が 79 試合から 80 試合に増え、セルティックスは 60勝20敗 (80試合中60勝) でリーグ史上最高の成績を残した。ビル・ラッセルは 2 年連続 3 度目の MVP に選ばれた。一方、ウォリアーズのウィルト・チェンバレンは 1 試合平均 50.4 得点、25.7 リバウンドを記録した。記事によると、セルティックスは東地区 6 連覇で 1 回戦を免除され、準決勝でウォリアーズと当たった。第 5 戦では乱闘があり、トミー・ハインソーンだけが退場になったが出場停止はなく、セルティックスが 15 点差で勝った。ボストンで行われた第 7 戦は最後まで競り、ラッセルがチェンバレンを 22 点に抑えた。ラッセル自身は 19 得点で、勝負どころに 5 本連続でフリースローを決めた。残り 1 秒でサム・ジョーンズが勝ち越しのジャンパーを決めた。

ファイナルの相手は、ミネソタからロサンゼルスへ移って初めてファイナルに進んだレイカーズだった。エルジン・ベイラーとジェリー・ウェストの 2 人で 1 試合平均 70 点を挙げていた。セルティックスが第 1 戦を取り、レイカーズが第 2 戦を 7 点差で取った。第 4 戦を終えて 2 勝 2 敗となった。第 5 戦ではベイラーがファイナル記録となる 61 得点、22 リバウンドを挙げ、レイカーズが 126-121 で勝った。追い込まれた第 6 戦は、サム・ジョーンズが 27 本中 17 本を決めて試合最多の 35 得点を挙げ、119-105 で勝って 3 勝 3 敗とした。

第 7 戦は第 1・第 3・第 4 クォーター終了時点で同点、リードチェンジが 13 回あった。サム・ジョーンズは前半 2 得点にとどまったが、後半に 20 得点、延長で 5 得点を挙げた。規定時間の最後の攻撃でレイカーズのフランク・セルビーが放ったシュートは外れ、セルティックスが延長を制した。

記事は、セルビーのシュートが入っていれば NBA の歴史は大きく変わっていたと書いている。

用語・人名メモ

  • 第7戦 — 7 戦制のシリーズで 3 勝 3 敗になったときに行う最終戦で、勝った方がシリーズを突破する。
  • ファイナル — NBA の優勝を決める最後のシリーズで、東西の勝者が対戦する。
  • 延長 (オーバータイム) — 規定の 4 クォーターで同点だった場合に行われる追加の時間で、決着がつくまで繰り返す。
  • ジェリー・ウェスト — 記事はウェストを「Mr. Clutch」の呼び名で紹介している。clutch は勝負どころの意味。
  • サム・ジョーンズ — セルティックスの選手で、1962 年のシーズンは 1 試合平均 18.4 得点でオールスターに選ばれ、プレーオフでは平均 20.6 得点だった。

出典: Yahoo Sports