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ヒートの球団社長パット・ライリーがNBAに関わり続けてきた年月の長さが、r/nbaで話題になっている。リーグ全体の祭りというより、通好みの小ネタとして盛り上がった話だ。
きっかけは、クレイ・トンプソン (ガード) とヒートの契約に触れた先行投稿だった。スレ主によると、これでライリーは幹部としてクレイを獲得し、しかもクレイの父で元レイカーズのマイケル・トンプソンを指導した経験も持つことになる。この親子つながりから、ライリーの在籍の長さを振り返るスレが立った。
スレ主の整理では、ライリーはロケッツ、レイカーズ、サンズで選手をした後、レイカーズとニックスでコーチを務め、1995年からはヒートで社長 (時にヘッドコーチ) を務めている。1967年以降、NBAのどこにも籍がなかったのは4シーズンだけで、直近は1990-91年。来季は関わり始めてちょうど60年目にあたるという。スレ主は、引退後もアンバサダーのような形で残る元選手はいても、日常業務でこれほど長く関わった人は思い当たらないと書いている。
コメント欄では細かい補足が続いた。ライリーは1966年に、NCAA史上初めて黒人選手だけで先発を組んだチーム (UTEP) と対戦した側だったという指摘がある。また、レイカーズの放送席にいた時期 (1977〜79年ごろ) を挙げる声もあった。1967年ドラフトでライリーは全体7位、1位はジェイレン・ローズの父ジミー・ウォーカーだったという話も出て、ジェイレン本人が引退してほぼ20年という時間の長さが引き合いに出された。
ヒートの30年については、オーナーが現場の判断をライリーに任せ、スポールストラ (現ヒートのHC) らを採用してきたことが強さの土台だと評価するコメントも目立った。
巷の声
- 「ライリーは、キング牧師が暗殺される前からNBAでプレーしていた。改めて考えると恐ろしい。」
- 「選手、コーチ、GM、オーナー的な立場まで全部やった。その影響力は測れない。」
- 「そして、その間ずっと、ボストン・セルティックスへの憎しみだけは燃え続けている。」
- 「ニックスを去ってマイアミへ行った時は、ニックスへの見事な当てつけだった。」
- 「クレイ親子だけでなく、ティムとティム・ジュニアのハーダウェイ親子もそうだ、という指摘もあった。」
肩書きは選手からコーチ、社長へと変わったが、変わらないのはボストン嫌いだけ、というコメントがこのスレのオチになった。
用語・人名メモ
- 球団社長 (チームプレジデント) — 選手の獲得や解雇など編成の最終責任を負う役職。ヘッドコーチを兼ねる人もいる。
- ドラフト — 新人選手を各チームが順番に指名する制度。順位が高いほど有望とされ、ライリーは1967年の全体7位だったとコメントにある。
- ヘッドコーチ (HC) — 試合の采配と選手起用を決める、日本でいう監督にあたる役職。ヒートは現在スポールストラが務める。
- マイケル・トンプソン — クレイ・トンプソンの父で、元レイカーズの選手。ライリーが指導した。
巷の声は r/nba のスレからの意訳。出典: 元スレ (reddit)